ノーベル賞文学賞作家 シンボルスカさんの「終わりと始まり」( 6月23日 天声人語)から

画像



朝日新聞 天声人語 6月23日
 
門外の徒の私感ながら、きのう書いた茨木のり子さんにどこか重なる人がいる。ポーランドのノーベル賞詩人シンボルスカさん。茨木さんより3歳年上で同時代を生きた。戦争や歴史へのまなざし、そして、先立った夫への痛いほどの追慕も相通じる

▼その詩「終わりと始まり」はこんな言葉で書き出される。〈戦争が終わるたびに/誰かが後片付けをしなければならない/物事がひとりでに/片づいてくれるわけではないのだから〉

▼〈誰かが瓦礫(がれき)を道端に/押しやらなければならない/死体をいっぱい積んだ/荷車が通れるように……〉(沼野充義訳)。ソ連とドイツ、熊と狼(おおかみ)のような全体主義国にはさまれて彼女の祖国は辛酸をなめた

▼欧州のように、敵国の戦車や兵士が道の向こうからやってくる恐怖を、本土の日本人は知らない。知るのは沖縄の人である。太平洋戦争末期の地上戦に巻き込まれ、住民の4人に1人が命を落とした

▼戦争が終わり、散乱する白骨を拾った人の話を聞いたことがある。拾って耕した畑には芋(いも)を植えた。人の血肉を吸った土は、その部分だけ異様に葉が茂った。引き抜いた芋は不気味に大きかったという。そんなものを食べて育ったと、当時9歳だったその人は話していた

▼きょう沖縄慰霊の日は、不戦の意志に風を入れ直して、埃(ほこり)を払う日としたい。引用した詩は、戦争の終わりが新たな戦争の始まりをはらむ歴史の常を暗示する。その危うい芽を、日本では憲法九条が摘み取ってきたのである。


23日の朝日新聞・天声人語を読んで、「ノーベル賞作家のシンボルスカさん」の詩を探してみた。なかなか平明な言葉(ポーランド語でどうなのかはわからないが)でつづる。

この詩は「終わりと始まり」 というタイトルだ。すべての始まりにはには、終わりがあり、そこに続く新たな始まりがある。 振り返るときに、つらく忌まわしい過去であろうと、そのことが何であったのかを語らなければならない。
「始まりと終わり」の詩は、こう続けられる。

   

   それがどういうことだったのか
   知っている人たちは
   少ししか知らない人たちに
   場所を譲らなければならない そして
   少しよりもっと少ししか知らない人たちに
   最後はほとんど何も知らない人たちに

   原因と結果を
   覆って茂る草むらに
   誰かが横たわり
   穂を噛みながら
   雲に見とれなければならない

  


画像



終わりと始まり   ヴィスワヴァ・シンボルスカ 

                     (1923~2012)


   戦争が終わるたびに
   誰かが後片付けをしなければならない
   何といっても、ひとりでに物事が
   それなりに片づいてくれるわけではないのだから

   誰かが瓦礫を道端に
   押しやらなければならない
   死体をいっぱい積んだ
   荷車が通れるように

   誰かがはまりこんで苦労しなければ
   泥と灰の中に
   長椅子のスプリングに
   ガラスのかけらに
   血まみれのぼろ布の中に

   誰かが梁を運んで来なければならない
   壁を支えるために
   誰かが窓にガラスをはめ
   ドアを戸口に据えつけなければ

   それは写真うつりのいいものではないし
   何年もの歳月が必要だ
   カメラはすべてもう
   別の戦争に出払っている

   橋を作り直し
   駅を新たに建てなければ
   袖はまくりあげられて
   ずたずたになるだろう

   誰かがほうきを持ったまま
   いまだに昔のことを思い出す
   誰かがもぎ取らなかった首を振り
   うなずきながら聞いている
   しかし、すぐそばではもう
   退屈した人たちが
   そわそわし始めるだろう

   誰かがときにはさらに
   木の根元から
   錆ついた論拠を掘り出し
   ごみの山に運んでいくだろう

   それがどういうことだったのか
   知っている人たちは
   少ししか知らない人たちに
   場所を譲らなければならない そして
   少しよりもっと少ししか知らない人たちに
   最後はほとんど何も知らない人たちに

   原因と結果を
   覆って茂る草むらに
   誰かが横たわり
   穂を噛みながら
   雲に見とれなければならない


※ 詩集『終わりと始まり』1993年刊。
※ 翻訳・沼野充義・1997年・未知谷刊 より引用。



ヴィスワヴァ・シンボルスカはポーランドの詩人です。1996年「ノーベル文学賞」を授与された。彼女の詩は「非政治的」な言葉によって、「政治」に対抗できうる言葉を獲得しているという。また言葉の実験のための実験には決して働かず、平明な言葉によって思想の伝達をこころみた詩人のようです。

さらにこの詩の背景にある「ポーランド」という国の歴史も考えなくてはならない。この国は「分割」により国名を失い、地図からも姿を消した時代が2度ほどありました。「独立」をもとめて蜂起が繰り返され、独立すれば内紛が起こり、また、国境線が描き変えられたりと、さまざまな内外からの力に翻弄された歴史をもった国だ。

「敵国の戦車や兵士が道の向こうからやってくる恐怖」と天声人語の筆者は書いた。大陸では、道の向こうから、長い蛇のように、「戦争」がやってきたのだ。

「欧州のように、敵国の戦車や兵士が道の向こうからやってくる恐怖を、本土の日本人は知らない。知るのは沖縄の人である。太平洋戦争末期の地上戦に巻き込まれ、住民の4人に1人が命を落とした。」

私たちはあの戦争をもう一度直視しなければならない。


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック