青森県八戸市「災害公営住宅」を視察してきました。

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▼先週は青森の「災害公営住宅」の視察に会派で行ってきました。青森県は東日本大震災で、岩手・宮城に比べれば被害は少なかったのですが、八戸市は、沿岸部の工業地帯とそこに連なる住宅地で被害がありました。
▼比較的被害が少なかった事から、復旧も早く、復興のモデルケースでとしていち早く行われてきました。今回訪問した「災害公営住宅」も東北三県でも予定されていますが、まだ計画段階のところがほとんど、今後、「仮設住宅」から、自宅の再建や「災害公営住宅」へと次の段階へと移って行かなければなりません。

▼八戸市では、これまでの公営住宅の改修と新設の住宅と同様のものを、津波で家屋を全壊・半壊されたご家族を対象に、「災害公営住宅」として建設したそうです。同じ設計で行った為、経費も比較的安くできたようです。

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▼山を切り開いた新興住宅地の一角に、平屋と二階建ての3軒づつの長屋のようなつくりでした。2LDKと3LDKで、家族構成で選べるそうです。中もかなり広くて、きれいでした。

▼入居の条件は、東日本大震災で、家屋が全壊または半壊で、八戸市内だけでなく、岩手県や宮城県、福島県からの被災地からの方も受け入れをしているということです。

▼家賃は、所得により違いはあるが、かなり格安で入る事ができるようです。「災害公営住宅」の一つのモデルとして今後、東北三県にも広がるはずです。「仮設住宅」から、「定住」への、一歩前に出た取り組みを視察してきました。

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八戸市災害公営住宅http://www.city.hachinohe.aomori.jp/index.cfm/9,53963,28,222,html


災害公営住宅  デイリー東北新聞 2013.3/8

「無事に決まりました」。東日本大震災の被災者で、八戸市岬台4丁目の雇用促進住宅に一人で暮らす花生登志さん(82)。4月中に移り住むことにしている災害公営住宅の書類を広げた。
 湊地区に整備される災害公営住宅への入居が決まったのは2月26日。それまでは「決まらなければ、どこに住めばいいのか」と不安を抱えたままだった。
 契約に必要な2人の連帯保証人を確保できずにいた。「お金が絡む話。お願いできる身寄りも、近くにあまりいない」
 ことしに入り、青森県外に住む親戚1人が引き受けてくれ、もう1人を探し続けることを条件に内定までこぎ着けた。「いずれはここを出ないといけなかったから」。晴れ晴れとした表情で語る。
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 災害公営住宅を整備する市は、被災者の意向調査などを基に4地区に計62戸を建設中で、4月1日から住めるようになる。ただ、3月1日現在で入居が内定しているのは37戸にとどまる。
 市は家賃の低減措置や、期限付きで単身の利用を認めるなど、従来の公営住宅に比べて要件を緩和した。それでも利用が低調な背景について、市建築住宅課の吹越誠課長は「家賃が掛からない雇用促進住宅の入居期限が延びたり、自力での住宅再建に動いたりして、災害公営住宅に入る意思が変わったのではないか」とみる。
 一方、入居を検討する被災者からは、一般の市営住宅と同様に、原則として青森県内に居住する連帯保証人2人を必要とする条件がネックだ、との声が聞かれる。
 「2人に保証人をお願いできるような人なら、災害公営住宅に入れなくても、生活には困らないだろう」。岬台4丁目の雇用促進住宅に身を寄せる男性(63)は、こう憤る。
 市内での生活は長いが、県外出身の一人暮らし。「役所からは『まだ時間があるから、何とか見つけて』と言われるが…。『被災者のため』とのうたい文句とは矛盾している」と言い切った。
 吹越課長は、花生さんのように、例外を認めるケースがあることを強調。「個別の事情に応じて柔軟に対応できる場合もある。相談してほしい」と理解を求める。
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 ついのすみかを確保した花生さんだが、その胸中には、期待と不安が入り交じる。
 震災2カ月後から始まった雇用促進住宅での生活は、慣れるまで時間がかかった。夜になると静まり返り、周囲の人となりが分かりにくいことへの不安はなかなか消えなかった。
 移り住む災害公営住宅には、雇用促進住宅で見知った人も入る、と聞いている。「隣近所の顔がよく見えるはず。ここよりは寂しくないと思うよ」と前を向いた。
(福山拓司)

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