教え子からの電話

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▼「先生、勉強の仕方教えてくれる?」一ヶ月ほど前、34歳になる教え子のY君から、電話がかかってきた。「おお元気か。突然どうした。勉強の仕方って?」

▼中学生時代、残念ながら勉強とはほど遠い生活をしていた彼から、「勉強」の二文字が聞ける事はうれしくもあった。「何か試験を受けるのか?」と聞くと、会社でクレーンの免許の試験があって、それを受けないと仕事ができないらしい事、受かれば給料が上がるとの事、その為には物理とか数学とかこれまでにない勉強をしなけれならない事を話してくれた。

▼「私には、クレーンの試験はどんな問題なのかよくわからないし、物理も数学もよくわからないけど、Y君の周りにその試験を受かった人はいるのか?」と聞くと、職場の中には何人も合格した人がいるらしい事を聞いた。
 「そうか。一番は受かった人に聞く事だな。問題がわからなければ、わかる人に聞くといい。」それが一番の近道だと伝えた。「そういう資格試験はほとんど同じ問題だから、問題と公式を命がけで覚えろ。」

▼「うん。わかった。聞いてみる」という返事だった。また、話の中で職場での関係は良さそうで、話ができる人も何人かいる事もわかった。

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▼これまでも、Y君からは年に一度ぐらい電話がかかってきていた。その度に昔話をよくする。口癖のように「俺は一番迷惑かけたべ」と繰り返す。確かに、いたずらをしたり、悪さをして、叱る事の多かった生徒だ。
▼とりわけ、「試験」は好きではなかった。当時の進路で入試の次に重要な「アチーブメント・テスト」の当日に教室にいくと、Y君がいない。 担任の私は、今思えば強引だが、自宅で寝ていたY君を叩き起こし、「俺はいいんだ受けねー」と騒ぐY君に「名前だけでもいいから書け」と引っ張ってつれてきた事を、ふと思い出した。

▼そんな彼自身も落ち着いて、就職をし、家族もでき小学生のかわいい子どももいる。当時を振り返って反省する姿を見て、ようやく自覚するようになったことをうれしく思う。でもそういう彼から電話がかかってくるのも楽しみであった。

▼一週間ほどして、電話があった。「試験はだめだった。でもやり方がわかった。なんとかなりそう。」という事だった。「何とかなりそうというのはすごいな。頑張れ。」

▼勉強という勉強を放棄してきたY君が30才過ぎて、数学や物理という難しい学問に向き合っている事に、うれしさを感じた。また、わざわざ電話してくれることを教師冥利に感じた。

▼そして、つい最近の事、Y君からのメールがあった。「先生、試験受かったよ。俺生まれて初めて勉強を真剣にした。俺みたいのでも頑張ればできるんだね。」
 
▼私は、メールの返信をした。「おめでとう。一緒に祝杯をあげような。」また一つ楽しみが増えた。彼とおいしい酒を飲みたい。

追伸 
 昨日、Y君と連絡が取れました。29日に一緒に飲む事になりました。いろいろ悪さをしてきたけど、今一生懸命無働いている姿を見るとうれしくなる。家を建てて、可愛い奥さんと小学生になるお子さんがいる。
 「俺、中学校時代にもっと勉強すればよかった。」という言葉が元教師の私の胸に刺さる。とはいえ、20年あまりの回り道をして、彼はようやく「15の春」を迎えたようだ。
 
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