「危機の時代に」岡野加穂留氏から学んだこと

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普天間基地とオスプレイ 11月 


▼何年か前、夢の中でいつも同じシーンが出てきた。大学生に戻って講義を受けているのだが、なぜまた大学に戻っているのか。夢の中で自問自答するのだ。場所は決まって、お茶の水の古い記念館のあたりから、政経学部の教室と掲示板のあたりだ。

▼その夢は、朝起きてからもずっと忘れなかった。それから何ヶ月か経て、また同じ夢を見た。今度は夢の中で夢だとわかっていて、自分に自問自答する。「なぜ大学の夢を見ているのだ」と。

▼私の大学時代は、今思えば、求道者のように、あちこち飛び回っていた気がする。在籍していた明治大学だけでなく、あらゆる大学で面白い授業に出させていただいた。当時、法政大学の尾形憲さんという教授の「もぐり大学生のすすめ」というのを聞き、他の大学に潜ることを教わった。他の大学の学生が先生の授業を聞きたくて来たというと、おおむね寛容に受け入れてくれ、むしろ大事にしていただいた。今思えば、悠長な時代だったのかも知れない。

▼立教大学に上田薫先生、東大の教育学部で竹内常一さんの講座にかよった。太郎次郎社という出版社のつくる「ひと」という雑誌の仲間たちと知り合い、その中で「学楽多」というサークルを作った。そういった中で幅広い人脈もできた。それぞれが教育・マスコミ・官庁・民間企業へと進んだ。今考えれば、当時は当時で、精一杯生きていた気がする。

▼夢の話に戻すと、きっと大学生の頃の夢を見るのは、何か迷いながら、前を向いてがんばっている原点を想起することかもしれないと思うようになった。また、現実の自分に迷いがあるときに夢を見るのかもしれない。

▼そんなことを思いながら、本棚を探すと、大学時代の恩師の岡野加穂留さんの「政治改革」という本が目に入った。大学時代ほかの大学の学生から、明治大学で面白い授業はと聞かれると「岡野先生の授業がいい」と推奨したものだ。

▼岡野先生は、とにかく明瞭な話しぶりと、時節の課題を丁寧に分析してくれた。厳しい授業ではあったが、真剣にノートをとった。時に脱線する話の多くが明治大学が好きかという話であったのも面白かった。「明日の天気はかえられないが、明日の政治は変えられる」というフレーズもよく、岡野さんが使う言葉でもあった。

▼岡野加穂留氏は、北欧のデモクラシー研究の第一人者であった。彼の授業からスウェーデンのパルメ首相やガンジーの話がよく出てきた。デモクラシーは思想なのか。いや「デモクラシーは制度である」と何度も教えられた。制度として、住民の意思が決定の手続きにどれだけ参画することができたか。そのプロセスがなければならないというのだ。 それを担う政治家の判断は、ガンジーがそうであったような、理性に基づいた信条(reasoned faith)簡単に言えば、「良心」に裏打ちされていなければならない。

▼30年も前のことではあるが、岡野先生は「戦後心の貧しい金満国家・日本ができてしまったことを憂憂いをもつ」、「このことは政治を職業とする人間自体に責任があることは当然だ。哲学もなく、抱負もなく、ヒューマニズムもあるとは思われない自己利益ばかりを追い求める集団が政治業者達の実像であるのは嘆かわしい」と書いた。それからずいぶん変わったとはいえ、政治の抱える課題は大きい。

▼また、この本で、ガンジーについて冒頭で書いた。「ガンジーは、決してウソをいわなかったように思われる。彼は、彼が欲したものや彼の考えたものを、いつも公然といった。すべての政治においてふつうなら決定的な役割を演ずるウソの原理をかれは残りなく放棄した。・・・・・」

▼政治家と称する人は、「理性に基づいた信条」を持って、「政策決定に参画しているのか。」という問いである。 30年の時を超えても心に響く言葉だ。 重く受け止めたい。
 
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▼12月16日、衆議院選挙である。私は戦後民主主義という時代の終焉が近づいているのではないかという危機感を持つ。これまでなかった大きなうねりが時代を突き動かそうとしている動きだ。憲法改正や国防軍の創設も大声で叫ばれる時代である。

▼何をこれまで大切にしてきたのか。何をこれから大切にしていくのか。私たちはもう一度きちんと考える時期に来ている。岡野教授が生きていれば、きっと声を大にして語ったことだろう。「デモクラシーの危機が近づいている」と・・・









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