「震災がれき焼却灰の受け入れを、芦名の住民はなぜ拒んだのか」

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「震災がれき焼却灰の受け入れを、芦名の住民はなぜ拒んだのか」

 ~葛藤の中での受け入れ案撤回から~  横須賀市議会 長谷川昇

▼2月17日、黒岩神奈川県知事に対して、芦名町内会を含む大楠連合町内会は震災がれきの受け入れに関して、決議文と撤回要請文を手渡した。以降、搬入推進される方達から、「自分だけよければよいのか」というメールや電話をずいぶん受けた。さらに、2月末から、環境省の新聞の全面広告やマスメディア総動員の広域処理キャンペーンが連日、暴風雨のように行われた。「復興の妨げ」「非国民」という文脈で報道され、静岡県島田市とともに芦名の住民は「被災地のことを理解しない」地域として非難された。その中でもなぜ芦名及び大楠地区は知事の提案を拒んだのか。


長年にわたり迷惑施設の受け入れをしてきた地域
▼横須賀市大楠地区は三浦半島の西海岸に面し、農漁業が盛んな地域でもあります。この地区は、心ないメールの「自分だけよければいい」どころか、長年にわたって、誰もが嫌がる「迷惑施設」を苦渋の選択の中で受け入れ続けてきた地域でもある。まず、昭和51年に横須賀市のごみの埋め立て場を受け入れてきた。当時は処理が不十分で汚染された黒い水が流れ出したり、カラスやハエが大発生したりするなど深刻な環境汚染に苦しんた。ごみの受け入れは当初10年間という約束が、結局22年間に及んだ。それが終わると、横須賀市の屎尿処理場の建設、さらに、県の最終処分場を受け入れてきた。また現在も、横須賀市が7年後に完成予定の「新たなごみ焼却施設」に関して、横須賀市と地元が協議をしている最中だ。

産業廃棄物最終処分場の「協定書」
▼今回の舞台となった県の最終処分場の建設に関しては、平成6年に計画を発表したが、受け入れをめぐって地区は「反対」と「受け入れやむなし」に分裂して激しく対立した。県は地域との協議や説明会の開催は8年間で120回に及び、最終的に平成14年、神奈川県と芦名町内会との間で、「協定書」を結んだ。この協定書には、搬入されるものは限定されるとともに、「受け入れる廃棄物は県内から出されたものに限定する」という約束と、「協定の内容を変更しようとするときは、すみやかに県と地元で協議を行う」という約束を入れ込んだ。しかし、受け入れ時の町内の軋轢は今でも傷となって残っている。「傷口がようやく癒えてきてかさぶたになってきたと思ったら、それをはがされるような思い。」と地元の方は厳しく話される。

突然の受け入れの公表
▼昨年5月、就任早々の黒岩知事は、被災地の訪問直後の定例記者会見で、地元への事前の連絡も相談もない中で公表した。横須賀市も地元も協定書無視の行動に抗議した。しかしまたしても突然、12月20日になって、「横浜・川崎・相模原の政令三市で焼却し、焼却灰を県の有する最終処分場に搬入する」ことを表明した。たび重ねて地元の意向を無視した。

地元説明会で住民の意思は決まった
▼1月15日、大楠地区在住者を対象とした地元説明会が開催された。知事からは説明がなされたが、一方的な受け入れの押し付けで、「焼却灰に含まれる放射能濃度の受入基準」や「知事の言う『地元』はどこか」いう根本的な質問に対しては、あいまいな答弁に終始し、不信感をあおるものとなった。さらに、その後の定例記者会見では、「私のプレゼンテーションを聞けば、普通の人なら理解してくれるはず」「反省していない」等の発言を繰り返し、地元の感情を逆撫でした。地域の方の多くは、この説明会の内容を聞いてから判断しようと思っていた住民が多かったが、説明会後にはほとんどの住民が反対の意思表示をすることになった。

政治への疑心暗鬼

▼知事に対する不信感だけではない。政治全般に対しての「疑心暗鬼」が根底にある。福島第一原発に対する政府の対応やその後の対応の不信感が根強い。放射能に対しての風評や子ども達の健康への直接の影響は農・漁業従事者にとっては死活問題であると同時に、子育て世代の保護者世代にとっても内部被爆を含め、きわめてデリケートな問題となっている。

2月5日、連合町内会の決議
▼各町内会長さんたちは地域からの信頼関係も厚い。「自分のことよりも地域のために」としか考えていない人たちだ。今回の決議も会合の中で、「おれたちは、そう長くない。死んだあとに、子どもたちや地域の人が困ることだけはしたくない。」「地域の声を聞いても自分から好んで入れたいという人はいない」と各会長さんたちが訴え、反対決議がその場で承認された。連合町内会決議は、地域を思い、地域の中で何ができるのかを考えた結果であった。町内会長さんたちが、総じて不安をもつ地域の声を代弁したのである。

撤回決議と知事への要請文
要請文には、1.がれきに含まれる放射性物質と県内の一般廃棄物の▼放射性物質・汚泥焼却灰の搬入の危険性の懸念。2.放射性物質の下流域で放射性物質が濃縮、さらには活断層等の将来にわたっての安全に関する懸念、3.芦名の下流域周辺に、多くの住民が暮らし、生産地があることから、安全で安心な生産物の提供が困難になるおそれと風評被害の懸念等を示した。さらに、被災地への新たな支援を進めることを提案し、「私たちの地域の農業・漁業の根幹である水と大地、さらには子どもたちの未来にいささかの不安を残すことは絶対にできない。」と決議し、2月17日知事に要請した。

被災地の望む支援
▼私は、被災地の現実に向き合わなければと考えてきた。岩手県大槌町、宮古市、釜石市、陸前高田市の瓦礫の状況を視察し、現地の方と交流を深めてきた。現地の方と話をすると、マスメディアと違う声が聞こえた。「がれきは復興の妨げではなく、宝物だという。今でも位牌や写真や思い出の品が出てくる。雇用も生まれる。」「深刻な問題は瓦礫のことではない。それ以外にたくさんある。再建計画・雇用・住宅・人口流出・・・」
宮脇昭さん〔横浜国大名誉教授〕の提唱する瓦礫の防潮堤のプランも面白い。シイ・タブ・カシの照葉樹林を瓦礫の土台に植えることで鎮守の森を作るという。

今後の展望
▼5月末、環境省ががれきの試算を見直し、大幅に下方修正した。全体では4割の減。広域処理は、当初の必要性から、現在の必要性は当然変化してきている。変化に対応しながら新たな「復興ビジョン」を提示していくことが強く求められる。

▼県内の政令三市(横浜・相模原・川崎)で焼却して、焼却灰を芦名に持ちこむ流れは、合理的な理由が相当薄くなっている。神奈川新聞では、相模原のスラグを路面材等の資材として使うプランも示されている。民間への資材としての活用も考えられる。資材ならば、最終処分場に入れる必要性はない。
神奈川県の新たな提案は、がれきにこだわることなく、被災地が求める支援を具体的に入れ込んだ「被災地復興支援かながわプラン」をつくり推進していくことではないか。


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▼先日、平和運動センターから原稿依頼がありました。「がれき」の事で書いてくれないかということでしたので、これまでのことを少しまとめてみました。展望については、現在様々な情報が動いているところで、何が良いのか進行形です。また、知事の新たな提案は、どうなるのかという事もありますが、これも流動的です。
ただ、知事の面子を立てるための被災地支援であるならば、地元の町内会も住民も誰も首を縦に振ることはないことだけは明白です。