風向きが変わってきました

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▼「震災がれきの処理の問題」は、「3.11の震災から一周年」を前後して、「震災がれきを入れない自治体は、被災地支援に協力しない非国民」と言う文脈のキャンペーンがはられ、マスコミの力で誘導されてきた。大楠地域は、島田市と並び、広域に反対する町内会・自治会として取り上げられ、非難された。

▼「非国民」であるかのようなマスコミの度重なる報道と新聞の見開き全面広告に代表される「いわれの無いバッシング」、そういった中で芦名町内会をはじめ大楠地区の住民の皆さんは、「非国民」バッシングに耐えた・・・・。 その暴風も5月にはいるとパタッとやんだ。
 強い声で、反対と叫ぶ事もしないが、町を歩くと、「このまま静かに受け入れなくて良いなら、その方がいい」「お願いですから入れないでほしい」と語る方が圧倒的に多い事を感じる。

▼4月の末から、5月のはじめにかけて、大楠の各町内会(10の町内会及び自治会)はそれぞれ総会を行った。各町内・自治会の役員と町内の住民が集まって議事を進めた。どこの町内会からも、連合町内会の決議した「がれきの拒否」に対して、反対の声はなかった。むしろ例年に比べて静かな総会であったと聞いている。

▼今、町内に、「がれき焼却灰を受け入れるべき」という世論は見あたらない。 「仕方ない。やむをえないでしょう」という声はあるにはあるが、「入れる必要はない」、「絶対入れない」という声が圧倒的多数である。

▼私が2月17日に、被災地(岩手県沿岸部)を視察し、感じたことをブログで紹介してきたが、私の提案は、「自分で行って、目で見て、感じてください」と言うこと。それ以上でも以下でもない。私が先入観を与えるよりも自分で現地を見て考えることしかない、と考えた。
3月30日~4月1日、そこで、教員である友人や地元の方に声をかけ、有志で「よこすか/大槌ツーリズム」を実施した。私の子どもも2人参加した。報告会での参加者からの話を聞く限りでは、予想以上の「それぞれの思い」を持ち帰っていただいたような気がする。

▼被災地に降り立つと、、例外なく、現地が陥っている現実、ひたすら現実の困難さに圧倒される。 その中で、「被災地はがれきで苦しんでいるのではなく、別のこと」しかし、「現実は想像以上にもっと重たいことがわかった」と帰りのバスでは、涙ぐむ方もいた。

▼受け入れについては、様々な議論がある。きちんとした論議の中で、最終的な決着をする必要があるが、芦名には「協定書」の存在があり、その改訂の手順がまったく見えないこと。さらに地域の意識が変わることはそうそうあり得ないこと。さらに「被災地の求めるものは別の支援」であることを考えると、受け入れる意味が見あたらない。さらに、知事の新たな提案は「したい」と言っているだけで、具体的なものが出てくる様子も見えない。具体案が、現実的な調整で行き詰まっているという話も聞く。さらに、広域処理の問題点も利権も見え隠れしている。
もう、この件については先がないことは明白だ。

▼「がれきをわざわざ持ってくる必要はない。」地域の多くの方が、そう語るようになった。 知事は別な支援策に展開すべき時に来ている。
 
▼一年前に知事が被災地に行かれたときには、確かにがれきの処理が一番の復興支援だったことは否めない。そのときの真実であった。私も昨年5月はじめに被災地に入ったが、南三陸、石巻はがれきの山が市内に山積していた。しかし、この一年で、状況は大きく変わった。

▼4月の環境省の発表で、岩手・宮城においては、ほぼ100パーセントが仮置き場に移されている。そこで分別をしているのだ。その分別のために人手が必要で、重機も使っているが、手作業でやらなければできないことも多い。がれきの処理は地域での重要な雇用を生み出している。津波被害の状況によって、復興計画の進捗状況、首長やリーダーの力など、でも大きく違う。たとえば、宮古のように、急速に復興している所と、大槌のように産業や仕事場が失われてしまったところでは、必要な支援も、課題も違ってくる。一律にこの支援とは行かない。

▼支援とは、様々なニーズのメニューから、こちらの都合で選ぶものでなく、「支えること、応援すること」はあくまで現地で、困っている頑張っている被災者の声から積み上げなければいけない。 知事のご英断を望むものです。




TBS サンデープロジェクト 「考・震災 ~森の力~」




田中康夫「これぞ真の危機管理!ガレキで「緑の防潮堤」を」

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