Face to Face

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 伝統芸能「虎舞」を特別に演奏・演舞して頂きました。

▼横須賀から、大楠から、岩手県大槌町へと支援の輪を広げる取り組みを始めました。被災地のがんばっている若者たちと手を取り合って、横須賀から支援をしていきます。 その第一歩として、「よこすか/大槌ツーリズム」です。

▼現地の状況視察を通じて、被災地が必要としている支援は何かを考えてきました。現地の思いを共有し、そこで頑張っている方たちと、「Face to Face」でつながれるようにと。顔と顔を合わせて、手と手をつないで何ができるか。何を作っていくのか。まず訪問し、さらに個々の力で何ができるか、みんなの力で何ができるかひたすら考えたいと思います。
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▼3月30日~4月1日にかけて、第一回「よこすか/大槌ツーリズム」を実施しました。小学校6年生から高校生・大学生の学生と三浦半島の教員や地元の有志が参加してくれました。総勢26名で、バス貸し切りの夜行1.5泊の弾丸ツアーを決行しました。 

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▼このツアーのきっかけは、3月の初め頃に、大槌の若者から「ぜひ大槌にみんなできてください。きていただけることが一番うれしいんです。」と大槌ツーリズムの案内をいただいたことからでした。なんとか知り合いの教員や地域の方を中心に募集をしました。 

▼私たちは被災地の、とりわけ復興が遅れている大槌の復興に向けた取り組みに参画し、共に手を携えて、共に歩き出すことを考えています。大槌の若者たちは、「復興食堂」を立ち上げて、雇用を生みだし、人が集う場所として、動き始めています。 

▼まずは、「おらが復興食堂」への支援をしていきます。支援と言っても大げさなことではありません。「おらが復興食堂」に行っておいしいご飯べて、「元気ですか」と、復興食堂のおらが丼がおいしいから食べたい。復興食堂の店長にまた会いたい。シゲオさんの話がおもしろいからまた聞きたい。虎踊りまた見たいからお祭りに来たい。ということから始めたらいいと思っています。

▼復興食堂で多くの方が言っていました。「しみったれた支援はいらない。みんなで遊びに来て、盛り上げてくれたらありがたい。また会いたいからくる、それでいい。俺たちは皆さんがまた来たくなるような町をつくる。そしておいしいものを生産する。お互いに幸せになれるつながりがいい。」

▼「支援」というより、仲間としてつながるということをしていきたいと考えています。そして、五年後、十年後、町ができ町が新しく動き出すまで、続けたいと考えます。

▼じつは私たちだけでなく、前の週には、横須賀の大津幼稚園・岩波幼稚園の皆さんも大槌のみどり幼稚園の復興支援に来られたと、待寺議員から聞きました。これから一緒につながれると思います。また、葉山の待寺議員も、今回同行して頂きましたが、被災直後に大槌に入り、ボランティアセンターを立ち上げたり、献身的な努力をされてきました。さらに、大槌のみどり幼稚園の復興の援助もしているすばらしい方です。一緒に活動を進めたいと考えています。

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▼大槌ツーリズムは、地元大槌高校の阿部君がナビゲーターで説明してくれました。城山公園からは大槌町の中心部の全景が見えました。津波の被害の大きさを目の当たりにし、目から涙・・。丘の上の建物は避難所として、何ヶ月も使われたということ、樹木がこげていたのは、震災後、ガソリンスタンドの延焼で、町が4日間火災に襲われ、そのときのものと聞きました。幸いに四日目に雪が降って、鎮火したとの事。


  あらためて3.11当日の津波のシーンを見ました。現地のこの場所から、一年後の大槌を見てきました。身に詰まされるものがあります。

▼地震・津波・火災と何重にも被災した様子を語ってくれました。あの日から、1年 復興にはまだまだほど遠い現地の状況でした。 でも、復興食堂に集う地元のひとたちの温かさと、こころのこもったおらが丼・がっつら丼・などのおいしさもピカ一です・・さらにさらに、仮設商店でも、いろいろな出会いがありました。 ケーキ屋さん「シフォン」のおかみさんは、「横須賀の鴨居に住んでいました」と笑顔でお話ししていただきました。

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 釜石東中学校・鵜住居小学校の被災状況を視察しました。


▼しんどいけど、一生懸命頑張っている方たちがいる。だからこそ、私たちは復興に向けた支援を続けていかなければいけないと考えています。私たちの長井や大楠も、同じような地形です。海からすぐに山が迫っている地形。この町から、私たちは学ぶことも大きいと感じています。今度は地元漁師の皆さん、農家の皆さんも一緒に来たいと思っています。

▼改めて、がれきの問題については、今回はフラットに考えて頂きたく、私からよけいな事は、一切話はしませんでした。
しかし、参加したほとんどの方は、私が前回訪問したときに感じたことを同様に感じていただいたようです。「がれきは町の真ん中にあるわけではない」事。不思議と「がれきが復興の妨げ」というような話をする人は、現地にはみあたらない事。復興に当たって必要と思っていることは、仕事や住宅や技術の支援など、子どもの教育の支援も必要である事。がれきの処理も必要。だけど、それ以上に深刻で大切なことがあるという事実を感じて頂いたようです。 

▼復興食堂のスタッフの話が印象的。「可児さんたちが来てくれて、本当にうれしい。来てくれたおかげで、いいことが一つあった。 実は、一年間がれき置き場に行って自分の家の残骸がないか暇なときはずっと探してきた。 ずっとだよ。それでも、何もでてきてなくて、あきらめていたんだけどなぁ。 昨日なぁ、がれきのところでさ、何だかなと思って拾ったら、うちの位牌の一部が見つかったんだぁ。 はじめてだ。うれしかった。」 だから、「がれきは財産」だし、「俺たちの大切なもの」ということは変わらない。

▼現場の声を聞かずして、「復興の妨げ」と言う言葉に対しての反論も、それ以外の「支援」するという中身も口にすることはできない。 私たちは、被災地のそれも一番復興という言葉にほど遠い、「大槌」の人たちとともに歩みたいと思っている。

 ≪感想から≫
 
 来てよかった。心からそう思う。 家も物も、思い出も、命もみんな奪っていった津波の恐ろしさをこれでもか、これでもかと見せつけられ、胃が痛くなった。苦しかった。 でもそんなつらい中から、立ち上がった人たちにであって、勇気をもらった。人間ってすごいと思った。そして、自分で考え、大きな子は小さな子をおぶって逃げた子供たちの話に感動した。
 復興食堂のテントに驚き、テントなのに、笑顔でおいしい食事を出してくれる店長にもっと驚き、エネルギーをいっぱいいっぱいもらった。
 虎舞を立ち上げた人たちは、多くの人が亡くなった中で、そのつらさを乗り越えて、集まった若者たちの力強い声と力強い虎舞に感動して、また涙が出た。このことを人に伝えて、自分でももう一度しっかり受け止めていきたい。 そして、また大槌に行きたい。 (A.K
)


▼帰りのバスで、ひとり一人感想をいただきました。たった2日間のツーリズムでしたが、非常に大きな、そして多くの思いをもって帰ってくることができたようです。「また次回も行きたい。すぐに友達や同僚に話した。友達がぜひさそってと言っていた。」など・・・・・、参加者から、連絡がありました。
 被災地にまず行ってみることから始める取り組み。そろそろ「よこすか/大槌ツーリズム」の2回を募集します。5月の連休明けあたりを考えています。 被災地と横須賀を結ぶパイプとして、頑張りたいと思っています。

▼大槌から三陸ワカメが届きました。 おいしー努さんありがとう。わかめプリプリしています。滅茶苦茶おいしいです。ありがとう。 9日から可児さんが、長期の応援で大槌に入ります。ロックフェスの成功を祈ります。

▼先日は大槌・仮設商店の河合商店(魚屋)さんに毛蟹を送ってもらいました。身がいっぱい詰まって、味噌はジューシーー。最高です。

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おらが大槌夢広場http://www.oraga-otsuchi.jp/project/index.html

2011年3月11日「東日本大震災」によって、我が町「大槌町」は、大きな大きな傷を負いました。愛すべき町は、当時を思い出すことが難しくなるほど姿を変えました。これほどの困難の中に「光」を灯したい。
 「大槌町」を本気で復興したい人たちの熱い想いが集まって「おらが大槌復興食堂」はオープンしました。
「食堂」は、人々が気軽に集まれる場所です。大槌の人たちの憩いの場として、大槌を訪ねて下さった人たちの休憩所として、また、初めて会った人たちが同じテーブルで食事をし、知り合いになり、友になります。
 美味しいものを食べると、心がホッとして、話に花が咲き、ひとときの幸せな時間が流れます。

 いつか、この町が笑顔で溢れ、多くの人に愛される町になる日まで、「食堂」は光を灯し続けます。
 「おらが大槌復興食堂」に、「大槌の宝石(いくら)」をぜひ食べに来て下さい。


6月30日に、大槌でロックフェスティバルを開催します。おおつちありがとうロックフェス6月30日http://arifes.blog.fc2.com/








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