2.被災地から 「復興食堂」

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▼大槌の町の中心に近いところに、大きなビニールハウスがある。そこに、「復興食堂」と看板が掛かっている。昼間はカレーライスや海鮮丼 夜は、お酒も飲める。そこが大槌のみんなの交流の場であり、情報交換の場となっている。

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▼私と一緒に行った、可児夫妻は、ここで多くの地元の青年たちと交流をしてきた。レストランにはいると「帰ってきたなあ」「げんきかぁ」と声が飛ぶ。可児君は、デザイナーもしているので、「復興食堂」のメニューをパウチでコーティングしてプレゼントした。「なかなかいいじゃないか。うまそうだねえ」 みんな明るい。厳しさと苦しさを乗り越えてきたたくましさなんだろうか。 
 
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▼シゲオさんと話をした。「うちの奥さんは、役所で働いてる。人がいなくて、6人のうち3人ははメンタルで、休んでる。毎日帰ってくるのは12時過ぎだ。休みの日は寝てるだけ。こんなことしてたら、しんじまうぞと言っている。」



▼今は仕事がないんだ。震災当初は自衛隊やボランティアがたくさん来て、にぎやかだったが、夏を超えて、冬が近づくにつれて、人がいなくなった。取り残された感じがあって、目の前に荒廃した町が広がる。復興計画はまとまらない。役所は、動きが鈍い。自分たちで仕事作って、動き出さなきゃダメなんだって」

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▼さらに、 昨年の末から、都会に出て行く人が急激に増えている。 これからこの町はどうなっていくのか。  そういった思いを背景に、若者たちが町を作るために動き出した。

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▼ 「がれきと言っても、昨日も財布が出てきたり、写真やらいろんなものが出てくる。その度に、誰のだっていって探す。財布が出てきても、誰も盗る人はいないよ。みんなでだれのだべなあって探してる。瓦礫っていっても、みんなのもとは財産だもの、ごみはごみだけども、そういうものとは違うんだぁ」って。

▼「自分が立つことができない人がいっぱいいる。精神的にもダメージをくらっている。でもここで頑張んなきゃなんねえ。」

▼被災地で話を聞くと、不思議と「がれきでこまっている」話が出ない。そのこと以上に困っていることがあるからだ。 現地の人たちが、望むものは何か、一緒に考え、一緒に過ごす時間が大切に感じた。

▼「俺たちは何ができるかなぁ」というと、「来てくれるだけで、本当にありがたい。」「ここにきて、お酒飲んで、一緒に語ってくれればいい。やっぱり歌とか。文化が必要。みんなでつくり上げることかな。」


▼その関わりを昨年から、ずっと続けている若者夫妻がいる。

▼可児(かに)さん夫妻である。横須賀市長井から月に1回~2回は、車で来て交流を深めている。支援とか、上とか下とかじゃなく、「この町がすき」「この町でがんばっている人がすき」 だから、また来たくなる。 それがいいんだよね。 と、にこっと笑った。

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▼可児さん夫妻がこの町で感じたこと、考えたこと、過ごした時間をきちんと伝えてくれる。


▼3月10日(土)午後6時開演 横須賀三浦教育会館で震災1周年祈念コンサートを開催する。ぜひご来場頂きたい。

STAND WAVE http://www.standwave.jp/




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