1月20日 神奈川新聞の一面で報道されました。

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震災がれき受け入れで地元猛反発、知事の熱意は現場とかみ合わず/神奈川
2012年1月20日


 震災がれき焼却灰の受け入れを目指す県の計画が、最終処分場の地元住民から猛反発を浴びている。放射性物質拡散への不安という反対論に隠れがちだが、住民には廃棄物処理施設をめぐる長年の行政不信もくすぶる。被災地を視察し現場の窮状を訴える黒岩祐治知事の熱意は、住民の現場感覚とかみ合っていない状態だ。

 「知事にとって『地元』とは何を指すのか」。横須賀市西部の芦名地区で15日に開かれた地元説明会。芦名町内会の住民は、最初にこう切り出した。

 「この問題に関心のある人、不安を感じる人すべてが地元と考えている」と黒岩知事。住民は「今後県民を対象に集会を開くというが、範囲が広がるほど芦名への理解は薄まっていく」と複雑な思いを口にした。

 会場では被災地の窮状をビデオで上映。視察した知事は「現場にこそ真実はある。なんとしても復興に協力したい」と繰り返した。だが熱い訴えは空回り気味。説明会後、別の住民は「復興支援は別の形でできる。芦名という『地元』を軽んじている」と憤った。

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 震災がれき焼却灰の埋め立て予定地は、県営で唯一の産業廃棄物最終処分場だ。地元の芦名には、この施設の計画以来のしこりが根強く残っている。

 相模湾に面した丘陵の谷間に県が建設計画を発表したのは1994年。地域を二分する激しい反対運動が起き、完成まで10年以上かかった経緯がある。

 その過程で県と町内会は、受け入れる産廃の種類などを明記した協定書を締結。内容変更には協議が必要と付記されており、当面の焦点になっている。

 そもそも震災がれきは産廃ではなく一般廃棄物の扱い。県は「受け入れには協定書の改訂が必要」との認識だ。「地元理解が大前提」と強調する知事も「まずは改訂に向けて全力を挙げて説明する」と力を込める。

 市西部には市の汚水処理場も立地している。加えて広域処理用の新たなごみ焼却施設の建設も計画されており、県幹部は「タイミングも悪かった」と漏らす。

 今回の受け入れ表明によって、長年くすぶっていた火種が再燃した形。説明会では「この地区はごみ捨て場じゃない」という住民の声に拍手が湧いた。

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 地元住民によると、説明会に参加した町内会員のうち3分の2は賛否を決めかねていた。だが「被災地の情だけを前面に出したあの説明では、理解しろというのが無理」と多くが反対に傾いているという。地元市議も「以前は『何らかの形で受け入れざるを得ないのでは』との意見もあったが、説明会後は県への不信感が高まった。協定書の改訂ができる状況ではない」と話す。

 知事が受け入れの意向を突然表明したのは昨年12月の県議会定例会最終日。当初は2011年度末までの決着を念頭に、年明けの定例会では間に合わないという判断があったとされる。

 説明会後の会見で知事は「予想はしていたが大変厳しい反応だった」と吐露。受け入れ開始時期のめどは「反対の皆さんを刺激するから」と言及を避けた。

◆県産業廃棄物最終処分場 「ひっ迫する産業廃棄物最終処分場の確保」のために県が1994年に計画を発表。2006年に完成し「かながわ環境整備センター」として運営されている。協定書は02年に当時の岡崎洋知事と町内会長名で交わされ、受け入れる産廃は「県内事業所から排出された物」で、種類も「燃え殻」「汚泥」「がれき類」などに限定している。県は120回を超える地元説明会を経て協定締結にこぎ着けた。



▼神奈川新聞を読ませていただきました。きちんと過去の歴史をさかのぼってくださいました。新聞の記事を読んで、地域の方に読みましたか、と連絡をしましたが、「新聞の記事は全くその通りだ。」という声を聴かせていただきました。

▼実は記事に書かれている以上に、1970年代からごみの長坂埋め立てももっと長い歴史がありました。長坂の谷が埋められ、ごみの排水から「黒い水」が田んぼに流れ大騒ぎになりました。行政に対して、当時の農家の人を中心にとんでもないと抗議行動が起こりました。当時の長坂町内会の会長は「子孫のために町民結束して断固許してはならない」と書き記しています。 地域の方の声によって、浄化設備が作られ現在に至っています。

▼昨年亡くなった友人の父の葬儀で、弔辞を聞いていた中で当時のことをふりかえり、「故人は長坂のごみの問題で、苦労に苦労を重ねて何度も何度も行政とやり合った。地域のために汗を流した。そして今の自然がある。」ということを聞くことができました。 「ぺろだしちょんま」の話のようですが、そういった地域であることを県民の皆さんも知っていただきたい。

▼私も先人の苦労に涙が出てきました。政治権力は常に弱いところに課題を押し付けて、大義・正義を振り回してきました。

▼今あるこの自然も先人のご苦労に感謝するとともに、何ができるのか、何が一番いい方法なのか。理解し、お互いに支えあえるような話し合いができることを望むものです。 
 今日、七時からまた知事が横須賀に来ていただけます。市民と知事と民主的な手続き(ルール)の中で論議をすることこそお互いを尊重する社会がつくられると信じています。

▼さらに、協定書については、芦名で論議し決定していくことだと思っています。すでに7日の副知事の説明会の時に役員会では、全会一致で「受け入れられない」決議をしたと聞いています。町民の声を聞いた中では、今後時間をかけても結論はそう簡単にも変わらないと思っています。

▼最終処分場の建設時は、協定書まで8年、施設完成まで12年、説明会は120回ということですから、知事定例記者会見で知事がお話しされた言葉で「同じプロセスでやればできるはず」というと、調印まで2020年、環境整備をしても2024年程度はかかる見通しとなりますが、知事が知事でいられるかもわかりませんけれども長い道のりになろうかと推察いたします。







 




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