「美しい村に放射能が降った」福島・飯舘村

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東京から東北新幹線で1時間40分。 
※「美しい村に放射能が降った」~飯舘村菅野村長の決断と覚悟の120日~の本を夢中になって読んでいて気がついたら、福島駅だった。
 さっそく伊達市での除染の状況を見学させて頂いた。校庭では小学生が体育の授業をしていました。
除染をしたことで、おおむね年間1ミリシーベルトの基準をクリアしたと聞きました。校庭の除染は平面なので、比較的しやすいが、もも畑・リンゴ畑・ブドウ畑と果樹の除染は大変難しい作業になると聞きました。

また、一方でこの地で農業を続ける事はできないとして、群馬県や北関東に移住する人も出てきていると聞いた。 小学生でも相当の数の子どもたちが東京や西日本に転校していったと聞いた。とりわけ、経済的に余裕のある家庭や移住しても生計が成り立つ家庭は早い段階で移住したらしい。

今回は、放射能汚染で計画的避難指示区域となった飯舘村を訪問しました。
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ガイガーカウンターは、横須賀では0.09~0.12程度をさしていましたが、福島市内は自動車内での空間線量でも、0.8~1.5マイクロシーベルト/時 程度でした。 単純に横須賀の10倍以上はカウンターが反応している。

ミリシーベルトへの換算は、24×365を掛けて、1/1000にすればいい。1マイクロシーベルト(時)は、8.76ミリシーベルト(年)と言うことになる。 

国の基準は年間20ミリシーベルト以下と言うことですから、約2.3マイクロシーベルト(時)以上あると、20ミリシーベルト(年)を超える計算になります。

さらに、空間線量だけでなく、それ以外の被曝、体内被曝も考えれば、もっと大きくなる計算も成り立ちます。


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村の中は、人がほとんどいませんでした。時々車が走っていましたが、役所の人か地元の方でしょうか。

ずいぶんガイガーカウンターの数値も上がって、赤く表示しています。危険区域を示しています。
ガガガガという音もずいぶん速くなってきました。

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ある家のそばを通ったときにお年寄りが家の通路に座っていられました。何らかの理由で残られた人なのでしょうか。 また、飯舘村は肉牛の産地です。多くの肉牛が一部は殺され、一部は残されていました。あたりに人はいなかったものの、えさも牧草がたくさん与えられていました。


村は本当ならば青々とした稲穂が揺れる田園が続いている場所のはずが荒れた土地となり、ほとんどの方が村外に移り、村役場も福島市内に移っていると聞きました。
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レストランが閉鎖になっていました。ほとんどの商店・民家は人の気配はありませんでした。
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飯舘村役場の前の場所で草の上に置いてはかってみました。かなり高い数値が出ました。
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美しい村に再び戻る日を心から願っています。下記の本を読ませて頂き、菅野村長の村を愛する思いと村の再興を願う強い思いを感じました。是非ご一読ください。

※「美しい村に放射能が降った」(ワニブックス新書2011.8.25発行) ~飯舘村菅野村長の決断と覚悟の120日~。
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『゜2011年3月15日朝 東京電力福島第一原発の爆発で噴出された放射性物質は風に乗って北西へ運ばれ、雨とともに美しい村へ降った。 原発北西30キロ~50キロに位置する飯舘村は当初村の一部以外避難区域に指定されていなかったが、次第に放射能汚染が明るみになり、4月22日全域が計画的避難指示区域に指定されるに至った。』

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飯舘村 ウィディペキア;東日本大震災 [編集]
2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、飯舘村は震度6弱(観測地点:伊丹沢地区)を記録した[3](cf. 東日本大震災)。 地震動そのものによる被害は他地域との比較の上で極めて軽微であったが、地震とそれに伴う津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所事故(東京電力)の影響は深刻なものとなった。

飯舘村はその全域が、放射線量が年間積算20ミリシーベルトに達する怖れがあるとする「計画的避難区域」(1カ月以内を目安として住民全員の避難が指示される区域。より深刻な「警戒区域」の外側)に指定され、土壌からは放射性物質の検出が続いている。

4月10日:この時点で判明した人的被害は死者1人・行方不明者0人[5]。

4月11日:原子力事故の影響により、福島第一原子力発電所から20km圏外にある福島県内5市町村(飯舘村・浪江町・葛尾村の全域、および、川俣町と南相馬市の一部地域。対象は約3,000世帯・約10,000人)が、計画的避難区域に指定される。

5月15日:政府指定の計画的避難区域で計画的避難が開始され、初日は飯舘村民および川俣町民の、乳幼児がいる18世帯・113人が区域外へ移動した(飯舘村民の移動先は福島市)。なお、計画的避難区域の全住民のうち、5,000人前後(飯舘村では対象となる約1,700世帯・約6,177人の3割ほど)はすでに自主的避難をしている。
5月26日:この時点で判明した人的被害は死者1人・行方不明者0人・重症者0人・軽症者1人、建物被害は無し。

6月1日:飯舘村役場が福島市役所飯野支所(所在地:福島市飯野町字後川10-2)に職員を先行配置し、役場機能の全面的移転に向けての準備に入る。

6月22日:全村民の約9割が避難を終えるなか、飯舘村役場の福島市への移転が完了し、福島市役所飯野支所で「飯舘村役場飯野出張所」が開所する。
福島市に移った飯舘村避難住民はこの時点で約4,000人に上る。一方で、飯舘村には約200人が避難せずに残っていると見られ、8つの会社と特別養護老人ホーム1施設が事業の継続を認められている。

6月22日:飯舘村長が計画的避難区域指定の再検討を政府に要請(放射線量の低下が見られる地域での指定の解除と、依然として線量の高い地域をピンポイントで指定し直す意味で「特定避難勧奨地点」への移行を訴える)。

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