東日本大震災の義援金カンパに参加しました。

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3月11日の大震災から1ヶ月たちました。

この一ヶ月の中で私長谷川昇は何かできないか、何ができるのか、懸命に考えてきました。 地震・津波の被害・原子力のこと被災者ねさらに、「横須賀でもし津波が来たら」を想定して、何ができるのか。何があったらいいのか。
横須賀の場合は津波同様、崖崩れの被害も十分想定されます。どういった対応を市は考えているのか、市役所の友人と懇談もしました。そうやって、津波対策・震災対策を現在も、プランを作成中です。選挙のことよりもそのことばかり考えてきた1ヶ月でした。
 
むしろ「選挙をこの時期にやるのはおかしいだろう」とずっと思ってきました。しかし、早くやったほうが得をすると思う人たちがいるようで、予定通り行うということになったようです。


3月30日、連合神奈川・地域連合で、三浦半島内の企業(日産・東芝・ビクター・住友重工・NTT・JPなど)や自治労・全駐労・教職員組合などの皆さんが一緒になって、義援金のカンパを行いました。連合が全国的な取り組みとして提起したものひとつのとりくみでした。

わたしも議員団の皆さんと一緒に横須賀中央駅前でほんの少しでもお役に立てればと、声を出させていただきました。多くの皆さんが立ち止まって、義援金をカンパしていただきました。もちろんこんなことだけで、東北地方の人たちに何かしたなんて、これっぽっちも思っていませんが、一歩前に出る中で、役に立つこともあるのだろうと思います。

私は議員になる、ならないにかかわらず、選挙がすんで時間がとれたら、必ず現地に行って自分の目で見て、現場の声を聞いてきたいと思っています。必ずその中で、横須賀と三浦半島の明日に役に立つものを見つけてきたいと思います。 

 昨日のテレビのドキュメンタリーが忘れられません。学校が津波にやられ、子どもたちが流されたところです。父親がこの一ヶ月泥水の中から子どもの遺体をさがしているシーンでした。いたたまれなくて、いたたまれなくて、涙が止まりませんでした。 こういった話が、どれだけ、どれだけ被災地には、報道できないようなことも含めあるのかとおもうと胸が痛みます。

私は様々な事例をみていくと、ただじっとお祈りをするしかありませんでした。

それは、単に復興を祈ると言うことではなく、今回の被災された多くの方のご冥福をお祈り申し上げます。二度とこういった被害を出さないために、その教訓をきちんと学ぶ必要があると思っています。  

合掌


義援金の街頭カンパの時に、たまたま通りがかった友人が写メールを送ってくれました。彼女は仙台出身で、身内の方の多くが被災されたようです。仙台空港のそばでに実家があるそうです。

「あの姿見て、感動したよ。みんなのため、すぐ行動するはせどん。これからも頑張れ!!」
と写真付きのメールをもらいました。

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